日本の階段は、社会性をもたない

2011.12.30

日本でも、階段が芝居の舞台のなかにとりこまれる例はないでもない。たとえば歌舞伎の「曾根崎心中」で、遊女のお初が、恋人・徳兵衛を追って、真夜中に手さぐりで階段をおりてゆくところがある。たぶんむかしの日本の住居で、まともな階段があったのは、このような揚屋(あげや)とか、大きな旅籠ぐらいであったろうが、それでもお初はだれに突きおとされるのでもなく、自分で階段をふみはずして転がりおち、主人の目をさまさせる。

(参考サイト)
池尻大橋のマンション
東急田園都市線(池尻大橋)の新築マンション一覧|SUUMO(スーモ ...

高知の新築マンション
高知の新築マンションをエリアから探す|SUUMO(スーモ)新築マンション

東金の一戸建て
JR東金線(東金)の新築一戸建て一覧|SUUMO(スーモ)新築一戸建て

横浜市旭区の土地
横浜市旭区の土地一覧|SUUMO(スーモ)土地

その瞬間はこの悲劇のなかでも、いささかこっけいな場面だが、それでも、それが日本の住居あるいは建築における階段のせいいっぱいの空間的演出であろう。あるいは、お初がひとりで階段を転がりおちたように、日本の階段は、そこで人びとが対話するような社会性をもたない、せいぜい個人の奥深い心理の葛藤のなかにひそんでいる暗黒のひだのようなものを表現しているのであろうか。